広島研修紀行文「一泊二日 広島弾丸ツアー」

高校1年生で行われる広島研修の紀行文をご紹介しています。

執筆者 駿河湾の魚

 高校1年生の研修旅行である広島研修。渋幕の研修は日本の起源に向かって進んでいく(鎌倉→奈良→九州・中国)という話は校長先生がよくおっしゃっていることである。

 しかし、広島研修についていえばそこから少し外れた平和学習も旅の大きな目的の一つである。ところが、落ち着いて戦争の歴史と向き合うはずの研修が、不運にも台風の直撃により当初の二泊三日から一泊二日への日程変更となってしまった。想定よりも急ぎ足な研修ではあったがとても実りある物であったと思う。今回は槐祭onlineでの行事説明のうちのひとつということなのでイレギュラーな研修ではあったがその一部始終を紀行文として皆さんに追体験していただければと思う。

2019年10月9日(研修前日)夜

3日前に先生より発表された研修の日程短縮により、研修の目的であった呉への訪問を断念することになり残念な気持ちと、それでも研修に行ける喜びの混ざった複雑な気持ちのなか就寝。

2019年10月10日(研修1日目)朝

 6時過ぎに出発のためあわただしく準備を始める。既に洋服などの荷物は現地に送ったので担ぐのは財布や自分の班の行程表が入ったファイルを入れたリュックサックひとつ。研修ではお菓子の制限などもないので、大好きなグミや自分のノートパソコンなども合わせて持って行った。明後日に台風が来るというのに千葉は晴天。このまま台風がこなければいいのにと思いながらも電車の時間は迫ってくるので家をでる。

 しばらく総武線に揺られ、東京駅に到着。他の班員5人と無事合流し、7時30分発の東海道新幹線のぞみ11号に乗車。ここから約4時間の新幹線タイムの始まりだ。旅行で新幹線といえばやはりUNOがいちばんだ。そう思った僕は班員全員でUNOをやることを提案した。みんな快諾してくれ、6人のUNO勝負がスタート。途中1人が6連敗するなど多くの熱戦が行われ、早くもうちの班は研修を楽しんでいた。途中、車内販売のアイスクリームでUNOは中断したが、広島で新幹線が止まる直前までUNOを続けるほどの盛り上がりであった。

 広島駅に到着して最初の目的地は宮島。というかこの日の予定は初めから最後まで宮島であるので宮島を目指してJR山陽本線に乗車。瀬戸内海を眺めながら宮島口駅を目指す。宮島口から歩いて数分のフェリー乗り場からフェリーに乗り、12時半ごろ無事に宮島に到着。

 

フェリーの写真

 ちょうど昼時なのでお昼にすることに。せっかく宮島に来たので宮島らしいものが食べたいよね、ということで本日の昼食は牡蠣カレーパンに決定。どうせ食べ歩きをするので昼はがっつり食べなくてもいいだろう、という判断だった。「BIG SET 宮島本店」という店でのみ売っている牡蠣カレーパンを購入し、班員みんなで食べながら宮島を散策。牡蠣カレーパンは中にゴロゴロと牡蠣が入っており、一個だけでもかなり満足感があった。

 


牡蠣カレーパン

 その後の道中では鹿に絡まれながら、宮島名物やもみじ饅頭や揚げもみじ、生ガキや焼き牡蠣など宮島グルメをとことん食べつくし、財布を徹底的に痛めつけながら厳島神社に到着。有名な大鳥居は大規模改修工事中で灰色のシートに覆われて残念。気を取り直して本殿に入り、本殿を散策した。せかせかと進んでいく班員とゆっくり見て回る班員で班が2つに分かれたが、僕は後からゆっくりと回っていた。また、おみくじを全員で引いたが僕は吉だった。何とも言えない感じである。とりあえず境内のどこかに結んできてしまったので詳しいことはよく覚えていない。

 

 かなり食い気味に絡んできた鹿

 

 工事中の大鳥居

 

 厳島神社

 厳島神社を出て、次の目的地、宮島水族館を目指す。なぜ宮島まで来て水族館に?と思う人は多いであろうが、逆にこういう時でもなければ水族館に行かないだろうと考えたため行程に含んだのである。正直な話をすると、「宮島の一角にあるくらいで、たいした水族館ではないだろう」(今考えると失礼極まりない話である)と思っていたが、実際は想像以上に楽しかった。特に良かったのは金魚の水槽のブースである。様々な種類の金魚がたくさんの水槽の中におり、見たことのない種類もいていちばん長く眺めていた。案外水族館もいいものだと思いながらも、後の行程もあるので時間通りに水族館を出た。

 

 かわいい金魚

 次に向かうは本日最後の目的地、宮島ロープウェイである。ロープウェイに乗るだけなら楽できれいな景色が見られていいと思っていたが、ロープウェイ乗り場までの坂道が驚くほどに急斜面であった。息も絶え絶え、発車時間ギリギリにようやっとロープウェイ乗り場に到着し、ロープウェイに乗車。そこからの景色は圧巻であった。がんばって歩いた分の疲労もあり、ことさらに綺麗に感じたように思う。

 さて、頂上につくと各自で写真撮影を行った。まだまだゆったりしたいところだが、ふもとで食べ歩きがしたいということもあり、到着後わずか10分足らずでロープウェイをまた下り、ふもとの出店の並ぶ方へと足を運んだ。

 そこからは時間ギリギリまで食べ歩きをした後、フェリーに乗って宮島口まで戻り、電車で広島駅へ。駅直結のホテルに無事チェックインし、一日目を終えた。

 ホテルでは夕ご飯を食べたり、トランプやUNOをしたり、激辛ペヤングを食べたり、徹夜をしたり(渋幕生の研修あるあるですが2泊3日以上でやると後々響くのでおすすめしない)などして過ごしていた。

2019年10月11日(研修二日目)

以降、戦争・原爆に関係する描写があります。

 日付が変わり、研修2日目にしてなんと最終日。

 本来であれば呉で大和ミュージアムやてつのくじら館に行く予定だったが、台風による短縮のために3日目として組んでいた行程が繰り上がっており、広島市内での学習となった。

 徹夜明けの回らない重い頭を抱えながら朝食を食べて、荷物をまとめ、午前8時にホテルを出発。

 最初はバスに揺られて平和記念公園を目指した。平和記念公園に到着すると、前日のハイテンションとは打って変わり、班員全員が少し緊張した雰囲気に。この研修の目的でもある平和学習の始まりだ。

 僕自身は小学1年生の時に広島平和記念資料館に訪れたことがあったが、成長したあとに見るからこそ感じられる多くのことがあった。広島で起こった悲劇を再び繰り返してはならない。普段耳にするこの言葉を、身をもって実感した。

 ひどく焼けただれた皮膚で市街地をさまよい歩く人々、もう息をしていない母親とその背中で泣き叫ぶ赤ん坊。当時の写真や音声、映像が、僕たちの世代にとっては遠い歴史上の出来事となりつつある「広島への原爆投下」は現実に起こった惨劇なのだ、とありありと語りかけてくる。

 僕が感じたことを語るのもひとつ大切なことではあるが、このことは実際に資料館に訪れた一人一人がそれぞれ自分の目で見て、感じ、考えてほしいと思う。だからこそ、僕の感じたことはあまり書かない。

 1時間半ほど資料館を見学し、次は原爆ドームへ。世界遺産である原爆ドームは、同じく世界遺産に認定されている厳島神社とはまた違った貫禄のある建物だった。

 戦争の歴史に静かに向き合いながらもやはり食欲というものはうるさく主張してくるようで、僕たちは広島名物お好み焼きを食べることにした。「お好み焼き村」という24店ものお好み焼き屋が集まっているエリアに入り、お好み焼きを満喫した。広島焼きは一般的な関西風のお好み焼きとは異なり、焼きそばや焼いた卵が生地にそのままのせられている。あまりに美味しかったため、2枚も食べてしまった。

 

 

 お好み焼きでおなかを満たした所で、帰りの新幹線の時間が近づいてきた。

 やはり一泊二日の短縮日程となってしまったことで、満足に学びきった感覚は得られなかった。しかし、限られた時間の中ではあっても本当に多くのことを学び、研修を楽しむことができたのではないだろうかと僕は思う。

 ところで渋幕の研修では「現地集合・現地解散」というのが恒例なのだが、今回の研修では台風による日程の前後により、行き帰りともに団体乗車券で新幹線に乗車した。例年は、新幹線の往復チケットの購入も生徒で行うことが多い。ここにも「自調自考」が現れているといえる。

 

 これで僕の広島研修紀行文は終わりだ。思ったよりも短い行程だったが、その密度はとても濃く、思い出深い研修となった。

 これを読んで、少しでも渋幕の研修の雰囲気を感じていただければ幸いです。

 どうぞ槐祭onlineの他の企画もお楽しみください。

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