中国研修紀行文

高校2年生で行われる中国研修の紀行文をご紹介します。

執筆者 はちみつ

1日目(東京→西安)

朝6:00、私は東京の羽田空港にいた。集合時間まではまだまだ時間があるので展望デッキへと向かう。閑散としたデッキは静かでただただ飛行機が動くのを眺めていた。

あっという間に7:00になり出国する。特に検問に引っかかることはなかった。安心安心。搭乗口は142番ゲート、端の端である。遠い。

CA184便は8:30過ぎに東京国際空港を離陸、北京首都国際空港へと飛び立った。機内では昼食が提供された。日本発便ということもあり日本語での案内もあったがCAさんの大半が中国人の方だったため、メニューの書かれた日本語の紙を片手に説明していたのが印象に残っている。私は「焼き鯖と野菜、卵焼き、白ご飯」を選択したのだが、どれも温かくおいしくいただいた。

 

11:30過ぎ、ほぼ定刻通りに北京首都国際空港へ到着。相変わらずの監視カメラの量に圧倒されながら入国審査を行う。無事何事もなく入国できた。

西安行きの国内線を待つ間に空港のケンタッキー・フライド・チキンで昼食をとる。日本にはないメニューばかりで新鮮だった。美味。

 

CA1224便で西安へ。長旅の疲れからか、軽食時以外はずっと寝ていた。西安到着後はすぐに夕食会場へと向かった。さすが中国、本場の中華料理はおいしく、大満足であった。

2日目(西安)

朝6:55、すっきりとした目覚めだった。朝食も中華多めで美味しくいただいた。

さて、バスに乗って華清池へと向かう。華清池とは周の幽王や、秦の始皇帝を含む様々な中国の王たちの宮殿が建っていた場所で、そこの温泉には楊貴妃が浸かったという伝承がある。現在、華清池は中国の観光地等級で最上級である「AAAAA」とされている。当時の建物や部屋内部が残されており、勉強になった。天気は悪かったが有意義な時間であった。

 

華清池を出て、今度は兵馬俑へと向かった。兵馬俑は一般的には古代中国で死者を埋葬する際に副葬された俑のうち、兵士及び馬をかたどったものを指すが、狭義には秦の始皇帝の俑が出土した西安の当地を指す。建物の中に入ると出土した俑が大量に置かれており、壮観であった。現在でも発掘作業は続いているそうで、次回現地を訪れた際にどう変化しているか楽しみである。

 

見学もひと段落したところで昼食会場へと向かう。今回の食事ではチャーハンがべちょべちょしていたのとスイカがペラペラに切られていたのが印象的であった。研修全体を通して毎食のように出されていたスイカだったが、ここまで薄かったのはこの時だけだった。

昼食後はコース別の行動となり、私たちの班は西安市の中心部にある鐘楼へと向かった。この鐘楼は明朝初期、洪武帝の時代である1384年に建てられ、1582年に現在の場所に移されたもので、現在でも西安市のシンボルとなっている。高さは36mほどしかないものの、最上階からは周りを一望することができた。悪天候で遠くの方が霧がかっていたのは残念だったが……

 

鐘楼を見学した後は班別で自由行動となった。私たちの班は鐘楼周辺を散策していたのだが、伝統的な建物が残る一方、近代的な建物も多く歴史的融合を感じた。

夕食は西安で100年以上もの歴史を誇る餃子の老舗「徳発長」でいただいた。様々な種類の餃子が提供され、普通の水餃子から蒸し餃子、胡桃の入った甘い餃子など見た目から味までさまざまであった。

3日目(西安→北京)

さて、中国研修も3日目。夕方には北京へと発つこの日は朝から大雁塔へと向かった。大雁塔とは、652年に三蔵法師がインドから持ち帰った経典や仏像などを保存するため、高宗に申し出て建立した塔で、現在では世界遺産に登録されている。最上階まで階段で上るのだが、その階段の段数の合計が般若心経と同じ262段となっている。最上階からの眺望は最高で、曇ってはいたものの西安市街が一望できた。階段は一歩通行となっており、上りと下りですれ違わないことが特徴的だった。

 

大雁塔を上り下りした後は陝西省歴史博物館へと移動した。この博物館では始皇帝などのお墓からの出土品や、前漢の時代の陶器などが展示されており、展示品の質・量ともに中国国内有数の所蔵を誇っている。中ではほかにも中国の歴史についてなどの展示があり、模型など様々なものであった。

 

1時間ほどの自由見学の間に常設展や特別展を見学した後、博物館を後にして昼食会場へと向かった。西安で食べる最後の食事は肉類が一切使われていない精進料理だったのだが、言われるまで肉がないとは気づかなかった。それだけ美味しかったのである。

 

さて、昼食後は空港へと向かう。搭乗のために手荷物検査を受けたのだが、なんと持参していた折り畳み傘が引っかかってしまった。ここまで3日間で初の出来事で驚きだった。北京行きCA1202便に充当される機材が離陸時刻の直前までなかなか到着せず、大幅に遅延してしまうのでは?と不安になったが、想像より遅れることはなく、定刻の約20分後に西安咸陽国際空港を発ち、西安に別れを告げた。

機内では、提供された「肉鬆」と呼ばれる豚肉のフレークのサンドイッチがとてもおいしかったのが印象的だった。この研修で食べた食事の中で一番記憶に残っている。軽食を食べながら窓の外を見ると、夕焼けが美しい景色を醸し出していた。気づいた時には無我夢中でシャッターを切り続けていた。

 

北京に到着したときには遅れも殆ど吸収しており、定刻通りに夕食会場へと向かった。夕食も相変わらずの中華料理だったが、既に満腹だったためあまり食べることはできなかった。夕食を食べ始めた時点で時刻は21時を回っており、ホテルに到着したときにはもう23時を過ぎていた。

4日目(北京)

北京での朝を迎えた。朝食会場へと向かったのだが、こちらもまた品数豊富で、個人的にお気に入りであった山査子(サンザシ)も食べることができ気分は上々だった。

バスに乗り込みまず始めに向かったのは天安門広場、世界で一番広い広場である。訪れた当時は中華人民共和国建国70周年を迎えたころであり、広場の各所において記念の装飾が行われていた。

 

天安門を訪れたのは高1の時に参加した北京研修以来2度目だったのだが、どちらの時も広場は多くの人で埋め尽くされていた。天安門を越えかつて紫禁城であった故宮博物院に入ると、タイミングよく警備兵がピシッと綺麗な敬礼を交わしていた。故宮博物院の中を午門から神武門へと真っすぐ抜けていくのだが、その途中で通る太和殿や保和殿にはそれぞれ特徴的な装飾がされており美しかった。

故宮を抜けた後は通りを挟んだ向かい側にある景山公園へと向かった。景山公園はその名の通り山になっているのだが、なんとこの山は自然でできたものではなく、紫禁城の周りの堀を掘った際の残土で作った人工山だそうである。公園の頂上からは少し前まで歩いていた故宮を一望することができ改めてその広さを実感した。

 

さて、お待ちかねの昼食の時間である。北京で最初にいただく昼食はいわゆる「飲茶」であり、多くの点心を食べることができた。美味しい。ただ水餃子がメインの中国において焼き餃子が出てきたのは少々謎だった。やはり美味しかったのだけれども。
今回訪れた「金鼎軒」は某旅行サイトでも星4.5の評価を獲得する人気店だそうだ。北京を訪れた際にはぜひ行ってみてはいかがだろうか。

 

昼食後は、学校交流で向かう学校のグループごとに茶芸館へと向かう。ここはごく普通のお茶屋なのだが、そこでは様々な中国茶を試飲させていただけたばかりではなく、中国茶の作法も学ばせていただいた。3~4種類ほど試飲したのだがその中でもフルーツ風味のお茶が一番おいしく、お土産にも購入した。

 

茶芸館を後にして向かったのは今回の交流先である北京月壇中学である。

月壇中学は北京で唯一日本語を第一外国語とする中学(日本の高校に相当する学校)で、本校とは2009年から日中の青少年親善と友好促進を目的としたホームステイ交換プログラムが行われている。私も先述の通り高1の冬に北京研修に参加しており、月壇中学の生徒の家庭に一週間ほどホームステイさせていただいた。交流では月壇中学の校内施設の見学や学校対抗の綱引きなどを行ったほか、北京研修でお世話になったバディと再会することもでき、久しぶりの会話を楽しむこともできるなど有意義な時間であった。

 

夕食会場では「変臉(へんれん)」と言われる中国の伝統的な演劇を鑑賞することができた。変臉の舞台仕掛けの仕組みは明かされておらず、国家機密にもなるほどである。役者の顔が変化する瞬間を何度か間近で見ることができ、とても貴重な体験であった。朝から晩まであっという間の一日だった。

5日目(北京)

この日は朝から「万里の長城」として有名な八達嶺へと向かった。道中のバスではお土産の試食会が行われ、クッキーや飴などを試食した。どれもおいしく、つい購入してしまった。荷物がかさばるのに……

2時間ほどで八達嶺のふもとへ到着。もう定番となった手荷物検査を受け、入場する。八達嶺には男坂と女坂の2種類がるのだが、北京研修で同地を訪れた際に女坂の方を歩いたので今回は男坂へと向かうことにした。男坂は全体を通して急な坂や階段の多いコースだった。なんやかんやで目標の折り返し点まで到着、そこでは女坂やそこから続く長城を望むことができた。

 

 

疲れが吹き飛ぶほどの素晴らしい眺望だった。折り返して友人と他愛もない話をしつつ麓まで戻ったころには集合時間が近くなっていたのだが、友人は男坂を2往復、女坂を1往復したらしい。恐ろしや……

今回は寒いと聞いていたので冬用のコートを用意していったのだが、現地は思ったより寒かったわけではなく、むしろ登り切った後は暑いほどだった。北京研修の際は12月末の極寒で、麓ですら濡れたタオルを振り回しただけでカチコチに凍ってしまったり、端末の温度が下がりすぎてスマホカメラのフラッシュが使用できなくなったり……ということがあったのだが、今回はそんなことも無く安心した。

八達嶺を後にして、昼食会場へと向かう。昼食会場では中国の伝統郷土芸能の一つである「花文字」の実演販売が行われていた。花や鳥などを用いて文字を描いておりとても彩り豊かで美しく、実際に購入している友人を見かけた。

 

昼食をとった後はコース別研修へと向かう。今回選択したのは胡同・烟袋斜街コース、清王朝末期から1920年代から1930年代にかけて、主に喫煙器具、骨董品、絵画・書道、額装絵画、文房具・スナック、サービス業が営まれ、北京北市の特徴的な道路の舗装や建築様式をもつ胡同周辺を巡るコースである。まず后海公園から周遊の三輪タクシーに乗車した。三輪タクシーに揺られながら見る胡同の街並みは情趣な雰囲気が漂っており印象的だった。

 

三輪タクシーを降りた後はガイドさんに連れられて胡同の伝統的な建物について一つ一つ説明を受けたのだが、それぞれに歴史があり聞いていて楽しかった。その後は自由行動となったので、友人とともに「映える」写真を撮れるように被写体を探していた。胡同や烟袋斜街にはその伝統的な街並みから被写体に困ることもなく、様々な写真を撮ることができた。

 

しばらくして集合時間となり、夕食会場へと向かう。中国で最後となる夕食は北京名物北京ダックだった。さすが本場とだけあって料理人の方が目の前で肉をカットしてくれるなどのパフォーマンスもあり、大満足だった。

しかしその時の私の脳内は、北京ダックよりも、当時関東地方に強い勢力で接近していた台風19号による帰国への不安でいっぱいであった。実は1日早く中国に出発していた中国研修第一団は、帰国できず1日の延泊となっていたのだ。そして、第一団のさらなる延泊や私たち第2団の延泊の可能性もささやかれていたのである。(なお、九州研修に向かっていた人たちは、台風上陸前に帰宅できるよう、1日短縮となったようである。それについては他の人が執筆した九州研修紀行文を参照されたい。)

夕食終了後、先生からの連絡があり、起床時間が15分前倒しとなるらしいという話を聞いた。飛行機の遅延や欠航も相次ぐ中での「前倒し」という判断、その真相は未だ掴めないがひとまず指示に従うことにした。

 

ホテルに戻ると、私は日本にいる友人と連絡を取りつつ、運航情報を調べていた。なんと調べている途中に、第2団午前組の搭乗する羽田行きCA181便の4時間半遅延、そして延泊の第1団組及び第2団午後組の搭乗する成田行きCA925便の欠航が判明した。関西国際空港経由での帰宅やさらなる延泊が懸念される中、来たる最終日。

無事に帰国できるのか…?

6日目(北京→東京)

時刻は4:45、あわただしい朝だった。急いで大荷物を持ちロビーへと向かい、朝食として提供されたサンドイッチを受け取りバスへと乗り込んだ。

 

ちなみに、欠航したCA925便に搭乗する予定だった第2団午後組の人たちは、10:30までホテル待機となったらしい。少し羨ましい。

真っ暗な北京市街を、バスに乗りながら朝食のサンドイッチ片手にぼんやりと眺める。ただ残念なことにこのサンドイッチ、味がイマイチ……中国最終日にしてちょっと残念だった。

気づいた時には朝6時を過ぎ、北京首都国際空港に到着していた。前述のとおり我々が搭乗予定の羽田行きCA181便は出発時刻が8:20から4時間半以上遅延の13:00離陸となっており、搭乗までの約4-5時間暇になってしまった。

11時過ぎ、再集合の場で搭乗口が知らされたあと、再度解散となった。私はその残された時間にまだ買えていなかったお土産を購入したり軽く昼食を摂ったりしていた。

そして13:00、約4時間半遅れでCA181便羽田行きは北京首都国際空港を飛び立ち、同時に私は中国に別れを告げた。離陸するとすぐに眠りに落ちていたようで、起きるとちょうど機内食が配膳されるところだった。今回も和食風のものを選択。白身魚のフライがおいしかったと記憶している。窓の外を見ると素晴らしい雲海、その景色はここまでの6日間全ての思い出に彩を添えてくれた。

 

17:20ごろ、CA181便はほぼ時間通りに羽田空港へと着陸した。ほぼ一週間ぶりに見る日本は直前まで通過していた台風を感じさせないほど元気だった。入国審査を抜け、そこでようやく本当に帰国することができた。中国ほど大量の監視カメラに睨みつけられることもなく、ちょっとした解放感を感じた。

ちなみに帰国して最初に食べた日本食は吉野家の牛丼、なんだか安心する味だった。

その後は東京モノレールとJR線で帰宅したのだが、随所随所で台風の爪痕が残っており、その甚大さをひしひしと感じた。ちなみに、欠航となり北京で足止めをくらっていた第2団午後組+αの人たちについてだが、一瞬は延泊が決定し北京動物園の観光が検討されたものの、ギリギリで同日午後発の羽田行き臨時便に搭乗することができ、当日中に帰国した。全員無事に帰国できたのだ。めでたしめでたし。

おまけ 中国土産

今回中国で購入したお土産はこの写真の通りである。

この中で特に私がおすすめするのは右上の大きな袋菓子「氷糖葫芦」、サンザシの飴かけである。葫芦は「ひょうたん」であるはずなのだがなぜかサンザシである。周りが飴でコーティングされているので、歯につきやすいのが少々欠点だがとても甘く美味しい。中国でこのお菓子のとりこになったという方、そしてこのお菓子に少しでも興味を持った方は買ってみてはいかがだろうか。ちなみに普通の氷糖葫芦は串刺しの姿で露天で販売されており、5日目に訪れた烟袋斜街でも売られていた。日本でも横浜中華街などでイチゴの飴かけが販売されているので雰囲気は感じられるだろう。他のお菓子もどれもおいしくお勧めだ。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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